サンゴ礁学 Coral Reef Science - English
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研究成果 発表論文ハイライト

 主要な論文の中から、いくつかの論文をご紹介します。

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 形態の異なる2種のミドリイシが野外で交雑する可能性
 報告者:計画研究A01 磯村尚子 (沖縄工業高等専門学校)
著者(発行年) Isomura N, Iwao K, Fukami H (2013)
論文タイトル Possible Natural Hybridization of Two Morphologically Distinct Species of Acropora (Cnidaria, Scleractinia) in the Pacific: Fertilization and Larval Survival Rates.
雑誌名 PLoS ONE 8(2) e56701. doi:10.1371/journal.pone.0056701.
内容

一斉産卵をするミドリイシ属サンゴでは、異なる2種の間に雑種ができる種間交雑が起こることがカリブ海で知られています。しかしインド・太平洋ではこれらが起こっていない、もしくは生息数が少ない辺境地域でのみ起こると考えられてきました。今回、サンゴの生息数が激減した沖縄で中間形態を持つ群体を発見したことから、野外で交雑が起こっているのではないかと考えました。形態が大きく異なる2種、トゲスギミドリイシとサボテンミドリイシを用いて、交雑による初期生活史への影響を明らかにすることを目的としました。以上2種と、野外で確認されたこれら2種の中間形態をもつ群体(以下、“中間”)について、受精率と幼生の生残率を算出しました。また、発生の経過と定着も観察しました。受精率は、種内交配は高く(80%以上)、種間交配は卵と精子の組み合わせによってばらつきがみられました(0.1- 63.5%)。一方、幼生の生残率は、種内・種間共にサボテンミドリイシの卵を含む組み合わせで有意に高いという結果でした。但し、中間を含む組み合わせは、有意に低い値を示しました。また、種内交配と種間交配では発生の経過に違いがみられましたが、24時間後には発生段階がそろい、定着もみられました。以上から、交雑は少なくとも初期生活史には負の影響は与えておらず、雑種体が生き残る可能性は種内交配由来のものと同等であるといえます。また中間と対象2種との種間交配は戻し交配の可能性があります。今後、遺伝的解析と飼育雑種体が卵・精子を生産できるかの確認を行ない、交雑について検証していく予定です。

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図. 交配実験(2007年および2012年)による平均受精率。種内交配を黒、種間交配を灰色で表す。floはサボテンミドリイシ(Acropora florida)、intはトゲスギミドリイシ(A.intermedia)、 int-floは中間形態群体を示す。大文字は卵、小文字は精子を表す。エラーバーは標準偏差を示す。

 サンゴの白化、高水温&バクテリアで加速、光合成・石灰化は急激に低下
 報告者:計画研究A02 樋口富彦 (静岡大学創造科学技術大学院)
著者(発行年) Higuchi T, Agostini S, Casareto BE, Yoshinaga K, Suzuki T, Nakano Y, Fujimura H, Suzuki Y (2013)
論文タイトル Bacterial enhancement of bleaching and physiological impact on the coral Montipora digitata.
雑誌名 Journal of Experimental Marine Biology and Ecology 440:54-60. doi:10.1016/j.jembe.2012.11.011.
内容 サンゴ礁は近年様々なストレスに晒されており、いろいろな組み合わせで複合ストレスに対するサンゴの応答が調べられています。本研究では、沖縄の海水中および白化したサンゴから採取したバクテリア5種と高水温の複合ストレスが、サンゴの白化や代謝にどのような影響を与えるか調べました。バクテリアは肉眼では見えない小さな細菌ですが、高水温と組み合わさったとき、白化を大きく進行させることがわかりました。特に、Sulfitobacter sp.というバクテリアが白化を促進しました(図参照)。これらのバクテリアは、27℃では働きませんが、32℃で大きく影響しました。同時に、白化したサンゴでは、光合成能力や骨を作るための機能である石灰化能力など生きていくのに欠かせない能力が著しく低下し、サンゴが大きなストレスを感じていたと結論づけました。従来、サンゴの白化は褐虫藻がストレス下で生成する活性酸素によると考えられていましたが、本研究では、活性酸素の指標である抗酸化酵素活性にバクテリアの関与が見られませんでした。これは、バクテリアによる白化の加速には、活性酸素が関与せず、別のメカニズムで起こっていることを示唆しています。このバクテリアは、排水など人間活動の影響により増加する可能性があるもので、今後注意して観察する必要があります。

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図. 実験後のエダコモンサンゴMontipora digitata の写真。 A)27℃、バクテリアなしB)27℃、5種混合バクテリア (Vibrio coralliilyticus, Vibrio harveyi, Paracoccus carotinifaciens, Pseudoalteromonas sp., Sulfitobacter sp.) C) 32 ℃、バクテリアなしD) 32℃、5種混合バクテリア E) 32℃、バクテリアSulfitobacter sp.単一。他の4種のバクテリア単一ではA,Bと同様。

 サンゴと褐虫藻に存在するカロチン様色素「P457」の分布とその意義
 報告者:公募研究 奥山英登志(北海道大学地球環境科学研究院)
著者(発行年) Wakahama T, Laza-Martinez A, Bin Haji Mohd Taha AI, Okuyama K, Yoshida K, Kogame K, Awai K, Kawachi M, Maoka T, Takaichi S (2012)
論文タイトル Structural confirmation of a unique carotenoid lactoside, p457, in symbiodinium sp. Strain nbrc 104787 isolated from a sea anemone and its distribution in dinoflagellates and various marine organisms. (イソギンチャクに由来するシンビオディニウム NBRC 104787株から単離したラクトースをもつカロチノイド、P457、の構造の確認と渦鞭毛藻類及び海産無脊椎動物における分布について)
雑誌名 J. Phycol., 48: 1392-1402. doi: 10.1111/jpy.12018.
内容 サンゴは多彩な色をもっています。その色の多くはサンゴが共生藻として体内にもっている渦鞭毛藻によるものです。共生している渦鞭毛藻は特に褐虫藻とよばれています。褐虫藻は光合成を行いますが、その生産物は宿主であるサンゴに提供されますので、光合成色素はサンゴにとっても欠かせないものです。褐虫藻の色素については、その種類や性質、はたらきなどわかっていないことが多くあります。私たちは褐虫藻がP457とよばれる色素をもつことを見出しました。オレンジ色のP457はカボチャの黄色の元であるカロテンと同じようにカロチノイド色素の一種です。分子中に乳糖を含むのでカロテンに比べて強い親水性を持つことが特徴です。P457の分布をさまざまな藻類、サンゴやイソギンチャクなどの無脊椎動物、さらに陸上植物で調べてみたところ、P457は調べた限り、ペリディニンをもつ渦鞭毛藻類(褐虫藻を含む)、共生性のサンゴ、イソギンチャク、クラゲで検出されました。しかし、同じ渦鞭毛藻でも共生性ではない緑藻由来の葉緑体をもつとされる渦鞭毛藻や、珪藻由来の葉緑体をもつと考えられている渦鞭毛藻類には存在しませんでした。また、陸上の植物にも検出されません。ペリディニンはP457と同様にオレンジ色の色素で、光合成で重要な役割をしていますので、P457も光合成でのはたらきが予想されます。また、サンゴなどに共生する渦鞭毛藻(褐虫藻)は必ずP457とペリディニンをもっています。熱帯産のイソギンチャクは褐虫藻をもっているので、P457もペリディニンも存在します。しかし、共生性ではない北海道産のイソギンチャクにはこの二種類の色素は検出されませんでした。これらの結果からP457とペリディニンは渦鞭毛藻がサンゴを含む無脊椎動物に共生する際に何らかの役割を果たしていることも考えられます。

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図. P457、ペリディニン(peridinin)、及び他の色素のシリカゲル薄層クロマトグラム。サンプルとして緑藻型の葉緑体をもつ褐虫藻(Kr. foliaceum Dn9EHU)、褐虫藻(Symbiodinium sp. NBRC 104787)、ユビエダハマサンゴ(P. cylindrica)、熱帯産のイソギンチャク(E. actinastloides)、 単細胞性の緑藻(unicellular -ulvophytes NBRC 103932)、単細胞性の紅藻(R. violacea NBRC 102932)、珪藻の一種(Nitzschia sp. NBRC 103004)(各プレートの左から)から抽出した全脂質を(A)ヘキサン:アセトン:酢酸(50:50:1, v/v/v) 及び(B) クロロフォルム:メタノール:水 (65:25:4, v/v/v)で展開した。P457はペリディニンを含む渦鞭毛藻及び褐虫藻を共生させるサンゴやイソギンチャクに分布する。図の色素名の後ろの数字は本文中で色素ごとに付した番号である。

 ストレス(高温, DCMU, TBT)に暴露したサンゴから、ストレス応答性の遺伝子を同定
 報告者:計画研究A01・A02 湯山育子 (静岡大学創造科学技術大学院)
著者(発行年) Yuyama I, Ito Y, Watanabe T, Hidaka M, Suzuki Y, Nishida M (2012)
論文タイトル Differential gene expression in juvenile polyps of the coral Acropora tenuis exposed to thermal and chemical stresses.
雑誌名 J. Exp. Mar. Biol. Ecol. 430-431:17-24. doi: 10.1016/j.jembe.2012.06.020.
内容

サンゴ礁は沿岸域に存在するため、地球温暖化だけでなく、化学物質の汚染による影響が深刻になっています。現在でもDCMU(光合成阻害剤)やTBT(トリブチルズスズ)が沖縄沿岸域で検出されますが、サンゴにどのような影響があるかほとんどわかっていません。本研究では、サンゴを高温下で白化させ、またはDCMUとTBTという化学物質に暴露してサンゴのストレス応答性の遺伝子を同定することを試みました。サンゴでは、ストレス応答性のタンパク質として広く知られる熱ショックタンパク質(heat shock protein)や水とグリセロールの輸送体であるアクアグリセロポリン(aquaglyceropolyn)等が同定されています。サンゴに共生している褐虫藻では、熱ショックタンパク質と関連性のあるタンパク質(DnaJ-like proteins)や集光性タンパク質等がストレス応答性を示しました。それぞれのストレス処理でサンゴに共生する褐虫藻が減少しましたが、ストレス応答性の遺伝子の多くは各処理群で異なる発現パターンを示しました。しかし、サンゴで同定された酸化ストレス応答性タンパク質(oxidative stress responsive protein;機能未知)だけは全てのストレス処理で発現が上昇していました。組織の酸化はサンゴの普遍的なストレス反応として考えられ、共生する褐虫藻の減少にも繋がる反応であるということが示唆されました。

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図. 3つの円内には、それぞれのストレス要因(熱、DCMU、TBT)により発現変化する遺伝子の数を示している。円が重なる部分には、重なる両方の処理群で共通して発現変化する遺伝子の数を示す。本研究では98のストレス応答性遺伝子を検出したが、そのうち、全てのストレス要因で発現変化する遺伝子は9つだけだった。この9つの遺伝子のうち、コードされるタンパク質名が分かったのが1つだけであり、それが酸化ストレス応答性タンパク質(oxidative stress responsive protein)である。

 共生する褐虫藻のタイプによりサンゴのストレス応答性は異なる
 報告者:計画研究A01・A02 湯山育子 (静岡大学創造科学技術大学院)
著者(発行年) Yuyama I, Harii S, Hidaka M (2012)
論文タイトル Algal symbiont type affects gene expression in juveniles of the coral Acropora tenuis exposed to thermal stress.
雑誌名 Marine Environmental Research 76: 41-47.
内容

サンゴの大規模白化現象が起きた際、特定の種類の褐虫藻が共生したサンゴは白化しにくかったということが時々話題にあがります。しかし、なぜサンゴの白化耐性が変化するのか、詳細はほとんど分かっていません。この論文ではサンゴに異なるタイプ(クレード)の褐虫藻を共生させ、ストレス応答性を比較した結果をのせています。ストレスに強いといわれるクレードDの褐虫藻とクレードAの褐虫藻をサンゴに共生させ、サンゴが白化する高温下で飼育しました。これらのサンゴを蛍光顕微鏡で観察したところ、クレードDが共生したサンゴは蛍光色素が増えている様子が確認されました。また、サンゴの蛍光タンパク質の遺伝子発現量を調べたところ、クレードAが共生したサンゴと異なり、クレードDが共生したサンゴでは発現量が上昇することが示されました。これらの結果から、サンゴに共生する褐虫藻が異なれば、サンゴの蛍光色素量が異なり、ストレス応答性も変化するという事が考えられました。蛍光色素自体が抗酸化作用をもつことがわかっているため、蛍光色素量はサンゴの健康指標になるという可能性についても考察しています。

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図. クレードAの褐虫藻が共生したサンゴ(A,C)とクレードDの褐虫藻が共生したサンゴ(B,D)の蛍光顕微鏡写真。(E)は(B)の四角枠内を拡大した写真。緑色の蛍光がサンゴの緑色蛍光色素であり、赤色の点(黒矢印)は細胞内共生する褐虫藻のクロロフィル蛍光である。

 サンゴと褐虫藻の細胞内共生に関与する遺伝子の同定
 報告者:計画研究A01・A02 湯山育子 (静岡大学創造科学技術大学院)
著者(発行年) Yuyama I, Watanabe T, Takei Y (2011)
論文タイトル Profiling differential gene expression of symbiotic and aposymbiotic corals using a high coverage gene expression profiling (HiCEP) analysis.
雑誌名 Mar. Biotechnol. 12: 1436-2236.
内容

近年、褐虫藻がサンゴ細胞内から抜け出てサンゴが白くなる『白化現象』が問題になっており、サンゴと褐虫藻の細胞内共生関係について注目されつつあります。しかし、造礁性サンゴはその飼育の難しさから、細胞内共生に関わる遺伝子の単離が難しいという状況にありました。本研究では、単離培養した褐虫藻を共生させたサンゴと褐虫藻が共生していないサンゴを作成し、細胞内共生に関与する遺伝子を単離することを試みました。
褐虫藻とサンゴの共生に関わる分子として、細胞間の物質輸送に関わるタンパク質、脂質代謝に関わる酵素等が同定されました。この結果から、褐虫藻が共生することでサンゴ組織内の物質輸送や脂質代謝が促進され、サンゴの代謝が変化していることが遺伝子レベルで明らかになりました。その他にも、細胞内のシグナル伝達に関わるタンパク質が複数同定されています。これらの結果は褐虫藻をサンゴの細胞内に維持させるために、サンゴ細胞の性質が大きく変化していることを示しています。

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図. 遺伝子発現解析に用いたサンゴ。A; 褐虫藻が共生していないサンゴ。B;クレードA3の褐虫藻が共生したサンゴ。C;クレードA1の褐虫藻が共生したサンゴ。これらのサンゴで発現している遺伝子を抽出し、褐虫藻の共生に関わる遺伝子の同定を行った。


 高解像度衛星データと2次元熱輸送モデルシミュレーションを用いたサンゴの白化分析
報告者:計画研究C02 A. P. Dadhich 翻訳:山本高大 (東京工業大学情報理工学研究科)
著者(発行年) A. P. Dadhich, K. Nadaoka, T. Yamamoto, H. Kayanne (2011)
論文タイトル Detecting coral bleaching using high-resolution satellite data analysis and 2-dimensional thermal model simulation in the Ishigaki fringing reef, Japan.
雑誌名 Coral Reefs doi:10.1007/s00338-011-0860-1.
内容

サンゴ礁生態系は人為的および自然的な環境負荷による劣化衰退が懸念されており、サンゴ礁の現状を把握することは生態系の保全と持続可能な利用を考える上で極めて重要です。本研究では石垣島東海岸の裾礁型サンゴ礁海域を対象に2007年の大規模白化によるサンゴ分布の変化と水温の時空間変動特性の関係からサンゴの高水温に対する耐性を解析しました。サンゴの白化度(白化および部分白化)の分布は白化前後の高解像度衛星画像(QuickBirdマルチスペクトル画像(MSS)およびパンクロマティック画像(PAN))を用いることで抽出しました。また水温の時空間変動は2次元熱輸送モデルを用いた数値シミュレーションから計算し、サンゴ被度に対する熱ストレス指標として日平均水温、日最高水温、および日内積算水温を求めました。これらの指標とサンゴの白化度との相関は日内積算水温で最も高く(r2=0.81 MSS、r2=0.85 PAN + MSS)、次いで日平均水温(0.63 MSS、0.71 PAN + MSS)、日最高水温(0.61 MSS、0.68 PAN + MSS)の順で高くなりました。このことからこれら3つの熱ストレス指標のうち、サンゴ白化は日内積算水温に最も依存していると考えられます。またサンゴ白化に対するサンゴパッチサイズの空間的な依存性をMoran's I 指数およびラグランジュ乗数法を用いて分析した結果、パッチサイズが大きいサンゴほど白化しにくいことが示されました。

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図. 2007年7月26日における平均水温、水温差、積算水温時間の空間分布。黒点はサンゴの分布を示す。

 造礁サンゴ骨格から栄養塩の起源を復元
  報告者:計画研究B01 山崎敦子(北海道大学理学研究院後期博士課程)
著者(発行年) Yamazaki A, Watanabe T, and Tsunogai U (2011)
論文タイトル Nitrogen isotopes of organic nitrogen in reef coral skeletons as a proxy of tropical nutrient dynamics.
雑誌名 Geophysical Research Letters 38, L19605, doi:10.1029/2011GL049053.
内容

熱帯・亜熱帯の海は生物生産に不可欠な栄養塩が少なく、栄養塩の観測に困難が伴います。造礁サンゴの骨格には生息環境が記録されており、これまで過去の水温や塩分などが復元されてきました。本研究ではサンゴ骨格に微量に含まれる有機物の窒素同位体比(15Nと14N の存在比)から、栄養塩が少ない中でサンゴをはじめとするサンゴ礁の生物が取り入れる栄養塩がどこから来ているのかを明らかにしようと試みました。石垣島白保サンゴ礁・轟川河口において、サンゴの主な窒素起源物質と考えられている海水中の硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比の分布を比較した結果、両者の分布が一致しました(参考図)。白保サンゴ礁に供給される栄養塩には沿岸の農地などから流入する陸域起源ものと、サンゴ礁の外から流入する外洋起源のものがあり、陸域起源の方が高い窒素同位体比を示しました。近年、人為起源の陸域からの栄養塩負荷によるサンゴ礁の衰退が懸念されていますが、今回の結果は、サンゴ骨格の化学分析から、陸域からの栄養塩負荷の変化が読み取れる可能性を示します。本研究の成果により、栄養塩の観測記録が少ない海域や過去の情報が得られることが期待されます。

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図. 石垣島白保サンゴ礁・轟川河口の海水硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比分布。サンゴ骨格の窒素同位体比は、河口付近では河川水の高い窒素同位体比を反映し、沖にかけて外洋の低い窒素同位体比に近づいていった。硝酸がサンゴや藻類に使い切られて検出されない礁の中央部でも、サンゴ骨格の窒素同位体比は河川水と外洋水が混合した値を示し、貧栄養環境でも硝酸の起源を記録していることが分かった。

 サンゴの全ゲノム解読に成功
  報告者:計画研究A01 新里宙也(沖縄科学技術研究基盤整備機構)
著者(発行年)

Shinzato C, Shoguchi E, Kawashima T, Hamada M, Hisata K, Tanaka M, Fujie M, Fujiwara M, Koyanagi R, Ikuta T, Fujiyama A, Miller DJ, Satoh N (2011)

論文タイトル Using the Acropora digitifera genome to understand coral responses to environmental change (コユビミドリイシ・ゲノムを用いたサンゴの環境変動応答の理解)
雑誌名 Nature doi:10.1038/nature10249
内容 サンゴがストレスを受けると、サンゴは体内に共生する褐虫藻を失い、白化します。白化現象を遺伝子レベルで明らかにするための基礎情報となる、サンゴの全ゲノム情報の解読に世界で初めて成功しました。解読対象としたサンゴは、沖縄に普通に生息し、1998年の世界的な大規模白化現象により激減したコユビミドリイシAcropora digitifera。コユビミドリイシ1群体の精子からDNAを抽出して、次世代型DNA シーケンサーを用いてゲノムを解読したところ、約4億2千万塩基対のコユビミドリイシの全ゲノム解読に成功し、約23,700個の遺伝子を発見しました。ゲノム情報を解析した結果、@サンゴの起源が化石から予想されたものよりも古いこと、Aミドリイシ属は、非必須アミノ酸であるシステインを合成するのに必要な酵素を持たず、褐虫藻に依存している可能性があること、B紫外線から身を守るためのUV吸収物質を、これまではサンゴに共生している褐虫藻が作っているとされてきたが、サンゴ自身が合成できること、C複雑な自然免疫系の遺伝子を持つこと、Dサンゴ特有の石灰化候補遺伝子が多数あること、などが明らかになりました。これまで、サンゴは骨格を持つことなどから、遺伝子の研究を行うことが困難でした。本研究でサンゴの全ゲノムが解読されたことにより、サンゴと褐虫藻の共生メカニズムの解明や、今後起こりえる環境変動にサンゴと褐虫藻の共生体がどのように応答するのかなど、詳細なメカニズムが明らかになることが期待されます。

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図. サンゴ の分子系統樹。これまでにゲノムが解読されているヒドラ(Hydra magnipapillata)やイソギンチャク(Nematostella vectensis)などと、420 個の遺伝子を用いて系統解析を行った結果、 サンゴは近縁のイソギンチャクから約5億万年前に分化したと推定されました。これは、これまで化石サンゴの解析から予測されていた起源(約2 億4 千万年前)よりも、随分と古い結果となりました。
 

 サンゴのゲノム情報から加速進化遺伝子を複数発見
  報告者:計画研究A01 井口亮(日本学術振興会特別研究員)
著者(発行年) Iguchi A, Shinzato C, Foret S, Miller DJ (2011)
論文タイトル Identification of fast-evolving genes in the scleractinian coral Acropora using comparative EST analysis
雑誌名 PLoS ONE, 6, e20140
内容 生物の全ての遺伝情報であるゲノムの中には、数万の遺伝子が存在し、その遺伝子からタンパク質が作られることで、生命が維持されています。通常遺伝子に起きる変異は、タンパク質の機能を変えない程度に生じていますが、中には数多くの変異が見られる遺伝子も存在し、これらは加速進化遺伝子と呼ばれています。受精や共生、免疫などの二者の相互作用に関わるような遺伝子や生物の適応進化に関わる遺伝子においては、加速進化がしばしば見られる事が報告されています。現在、オーストラリア、グレートバリアリーフに多く見られるサンゴ、Acropora milleporaと、カリブ海のAcropora palmataでは、比較的規模の大きい遺伝子データベースが作成されています。我々はこれらのデータベースを活用して、加速進化遺伝子がサンゴのゲノムにどの程度存在するのかを調べました。その結果、加速進化遺伝子を複数発見することに成功しました。またその中には、共生や免疫に関わることが示唆されているレクチン遺伝子も含まれていました。現在、沖縄科学技術研究基盤整備機構の新里宙也博士らによって進行中の、サンゴの全遺伝情報を解読するサンゴゲノムプロジェクトが完了すれば、より多くの加速進化遺伝子が見つかることが予想されます。今後これらの遺伝子をマーカーとして、サンゴの受精や共生、免疫における特異性のメカニズムや、サンゴが環境変化に富んだ自然界でどのように適応・進化してきたのか、明らかになることが期待されます。

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図.Acropora milleporaA. palmataの遺伝子データベースから得られた、特定の遺伝子配列のdN/dS値(dN は非同義塩基置換の割合、dSは同義塩基置換の割合)を描写した図。通常dN/dSが1 以上(直線の左上の赤色の部分)であることが、加速進化遺伝子の指標となる。この図から、8つの遺伝子ペアが、加速進化遺伝子があることがわかる。
 

 サンゴ礁形成に重要な働きをもつサンゴが明らかとなってきた
  報告者:計画研究C01 本郷宙軌 (東京大学理学系研究科)
著者(発行年) Hongo C and Kayanne H(2011)
論文タイトル Key species of hermatypic coral for reef formation in the northwest Pacific during Holocene sea-level change
雑誌名 Marine Geology, 279, 162-177
  地球温暖化によってサンゴ礁形成の維持が危惧されていることから、現在、世界各地でサンゴの移植や海洋保護区の認定などによって、サンゴ礁の保全・再生が盛んに行われています。もし、過去からサンゴ礁を形成してきたサンゴの種類が明らかになれ ば、効率よく移植サンゴ種の選定ができることや、海洋保護区を適切に決定することにつながります。そこで、私たちは、掘削コアから実際にサンゴ礁を形成していた化 石サンゴを取り出し、礁形成に寄与してきた重要なサンゴ(key speciesと言います) を探していました。今回、私たちは、パラオや琉球列島のサンゴ礁が、いくつかのkey species(例えば、コビミドリイシやクシハダミドリイシ)によって、形成されていたことを明らかにしました。この成果を基に、移植サンゴ種や海洋保護区の効果的な選定によって、サンゴ礁の保全・再生および形成が維持されることが期待されています。
内容

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図. .パラオ共和国のサンゴ礁は、8000年前から5000年前までAcropora muricata(スギノキミドリイシ)やAcropora intermedia(トゲスギミドリイシ)などのkey speciesによって形成されていた。そして、5000年前にkey speciesがAcropora digitifera(コユビミドリイシ)やAcropora robusta(ヤスリミドリイシ)/A. abrotanoidesなどに替わり(遷移)、現在までサンゴ礁の形成が維持されている。
 
 

 土地改良事業がサンゴ礁にあたえた影響をとらえる
  報告者:計画研究B01 長谷川均 (国士舘大学文学部)
著者(発行年) 長谷川均 (2011)
論文タイトル 陸域の開発行為に伴うサンゴ礁環境の悪化 -石垣島白保サンゴ礁を例に-
雑誌名 日本リモートセンシング学会誌 31-1: 73-86.
内容 サンゴ礁環境は、地球温暖化に伴う海面温度の上昇と関係して悪化すると考えられていますが、きわめて地域的な原因で悪化し白化現象などを経て造礁サンゴが減少することも多いのです。本研究では、石垣島白保サンゴ礁を対象に、土地利用の変化に伴いサンゴ礁浅海域の環境が変化する過程を明らかにしました。沖縄は972年に日本へ返還され、三次にわたる沖縄振興開発計画で急速に日本経済に組み込まれました。この過程で、大規模で急激な地形改変や森林伐採、土地利用変化が起きました。その結果、農地からの土壌流出、浅海域の富栄養化や生態系の変化、造礁サンゴの死滅が起こったのです。本研究では1972年以降の石垣島で、土地開発の進行に伴う影響、土地利用形態の変化を調べ、7時期の空中写真を使用して、陸域と浅海域で起こった変化の関連性を調査しました。1972年のサンゴ礁礁池に占める海草藻場の割合は1.2%にすぎなかったのですが、30年後に海草藻場の面積は7.5%にまで拡大しました。海草藻場が拡大している場所は、赤土が堆積し栄養塩が多く集積している海域です。赤土に混じって化学肥料や家畜の排泄物が流入し、その影響で海草藻場が拡大しているのです。海草は造礁サンゴより成長が速いので、海草が拡大すると造礁サンゴは徐々に生息の場所を失ってゆくことになるでしょう。

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図. 白保サンゴ礁北部、水浜付近の海草藻場の変遷(1972〜2004年)
この付近にはかつてゴルフ場があり、その背後の農地からは排水路を通じて多量の赤土がサンゴ礁浅海域に流入していた。土地改良事業の進行とともにしだいに海草藻場の面積が増えていったことがわかる。

 

 光でも生成、サンゴ組織の活性酸素。UV線と強い関わり
  報告者:計画研究A02 樋口富彦 (静岡大学創造科学技術大学院)
著者(発行年) Higuchi T, Fujimura H, Hitomi Y, Arakaki T, Oomori T and Suzuki T(2010)
論文タイトル Photochemical Formation of Hydroxyl Radicals in Tissue Extracts of the
Coral Galaxea fascicularis
雑誌名 Photochemistry and Photobiology, 86, 1421–1426
内容

サンゴは高水温等のストレスを受けると、体内で活性酸素を生成します。中でも酸化力の最も強いOHラジカルが注目されていますが、測定が難しく、これまで報告がほとんどありませんでした。本研究では、サンゴ組織でOHラジカルがどの程度生成するか、OHラジカルの生成にUV線がどの程度関係しているかを調べました。暗所では、OHラジカルの生成は見られませんでしたが、光を照射することにより、サンゴ、褐虫藻の組織抽出液中で、OHラジカルの生成が確認されました。これにより、ストレスで生成するOHラジカルに加えて、光化学的に生成するOHラジカルの存在が明らかになりました。また、UV線をカットし同様の光照射を行ったところ、約4割のOHラジカル生成が抑制されました。この結果は、UV線がOHラジカルの生成に強く関わっていることを示唆しています。今後は、抗酸化能力など、サンゴがどの程度のOHラジカルにまで耐性を持つか調べる必要があります。

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図. サンゴ組織抽出液のOHラジカル生成量。光照射と共に生成が増加。○:通常、△:UVカット、□:暗闇。UVカットで生成量が減少。
 


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